ゼリア新薬の事件を考える

~この事件の根底にある学習観~

by.松本 宜大

ゼリア新薬工業株式会社で、新入社員研修中に過去の体験を告白することを迫られた新入社員が自殺するという痛ましい事件が起きました。
亡くなられた方やご家族にお悔やみを申し上げます。

 

さて今回は、研修業界におけるこのような体育会系研修について考えていこうと思います。
今回、新入社員は「意識行動改革研修」と題した研修で、請け負った研修会社「ビジネスグランドワークス」の講師から、”過去のいじめ”や”吃音”について告白する事を強いられたとあります。実は、このような研修のオーダーされることはよくあります。
「従業員に、仕事の厳しさを教える研修をしたい」
「受講者が泣くぐらい厳しい研修をしてほしい」
このようなオーダーは勿論断ってますが、私がこの業界にいる12年間聞き続けているオーダーですので、ある一定度の企業人事に支持層がいるのでしょう。
しかし、この現代で”旧帝国陸軍的””体育会系”の研修がなぜ存在しているのでしょうか?
私は、そこに企業の人事や人材開発担当の『歪な学習観』があると感じています。
具体的には、
・学習は苦役である
・学びや気づきは苦役からしか獲得できない。
・楽しい≠学習=遊び
と言った学習観です。
実際、私はこのような研修はしませんが、通常の研修で講師である私に対して、
「笑わないでください」
「雑談も無駄なので雑談はせずに、研修プログラムをスケジュール通りに粛々と進行してください」
と注意を受けたことがあります。
こうした学習観は程度の差こそあれ、今回の研修会社とゼリア新薬の人事だけでなく、教師や親にもある程度存在します。
しかし、現在は様々な実験を通じて、「恐怖」や「威嚇」での学習は一時的な効果があったとしても持続しない事が証明されています。
(信奉者の方の殆どは、数少ない生還者なのであって、ごく一部の例外的な効果をHRの施策のメインストリームに置くのは間違いです)
また、人生を生きてきた中で経験した学びについて考えてみてください。それらは、苦しみや辛さだけだったでしょうか。無論学びの中にそういったものがゼロであるとは言えません。ですが、それらの学びを獲得した時の感情は「わからなかったことがわかった楽しさ」や「視野が開け、視座が高まったことの喜び」といったポジティブな感情では無かったでしょうか。

 

このような古く、非論理的な学習観を払しょくするためには、こういった学習観の有効性について仔細に研修してみることです。
今まで成果と認識していた対象者数が全体と比して極めて限定的であったり、一時的なものだったりしないでしょうか。
また、自社の学習観が自社の理念やビジョンと合致するのか、点検してみるといいでしょう。人事としてそれらと合致していない施策は中止し、合致しているような施策を立案するべきだと思います。

 

カタドリ 代表 松本宜大